たとえば
『あんたなんか産まれてこなきゃよかったのに』
とか言われてたら
あたしはどんなに
救われてただろう。


不幸を望んでるんじゃないよ。聞いてサチ。ただね、あたしは幸せなのかな。思っちゃうの。どうしようもないよね。わかってる。だけど時々、ほんとどうしようもなく。幸せがわからないの。だからきっとね、不幸になれば幸せがわかると思う。だから不幸ってのは結局幸せなんだろうね、サチ。


(サチって呼ぶのはあいつだけだった。女みたいで嫌だった。あいつは嫌がる俺が面白かったんだと思う。俺は嫌だったが、あいつが微笑むからそれがなんか嬉しくてほっといた。
あいつが産まれてなかったら、そう考える。きっと俺は何ごともなく人生を送ってた。あいつがいたっていなくたって、正直俺の人生に大きな支障はないんだ。最初から知らなければ。ただ、知ってしまえばそれは結局ただの幻想で。)


サチはあたたかな陽に透かされながら、芥川龍之介の本を読んでいる。隣で、折り紙を折る。図書館の静けさがすきなのだ、あたしたちふたりは。図書館の静けさみたいなあたしたちだから。








じゃあ不幸を望むってことはイコール幸せを望んでるってことか。
あたし?そうなのかなあ……。けど普通に幸せだよ?
きっと、不幸を背負う女の子がかっこいいんだろ。
あ、うん、それは思う。
しかもそれは大抵美人だから。
そして男を蹴落としながらも真実の愛が最後には待っているの。
小説に浸りすぎだな。
夢見がちな女の子だもん。





ひそひそ話。
秘密の出来事みたいで、ハイになる。


折り鶴を五羽折ったところで、サチが芥川を読み終わって、帰ろうか、と促した。外に出ると木枯らしがぴゅうっと吹いた。折り鶴が一羽落ちて、サチが拾った。


赤の折り鶴。
緑の折り鶴。
青の折り鶴。
橙の折り鶴。
紫の折り鶴。


規則正しく澄ました顔をしてる。ピンと伸びた首筋。真っ直ぐな尾。少し丸みを帯びた羽。


それらを一羽ずつ、
近くの川に流した。


逃がしてやんなきゃね。
飛びたいもんな。


サチがそう言った。
ポケットに手を入れて寄り添って帰った。




おまえは幸せだよ。





サチが言う。
逃げ場もなく、
あたしはうんと言う。









(050308.)