寒いのが嫌いな女だった。 みきに関して言えと言われて吐き出す言葉はこれが最初。とにかく病的に寒いのが苦手で、真夏に出かける日でも鞄の中に薄い上着を持って出かけた。なんでそんなに寒いのが嫌いなんだ、と訊いてみたこともあった(あれは確か最後の冬)。するとみきはすこし考えて、けろりと言った。寒いっていうのは、ほら、寂しいっていうのと似てるでしょ。その横顔が妙に愛しさをたたえていたことを鮮明に思い出せる。寂しいのがいちばん嫌い、と、笑いも泣きも怒りもせずただ発したみきはひどく美しかった。冷たいくらいに綺麗だった。別に好きでもないけれど。


「あのね、けんた」


いつものように悪びれもせず別れを切り出してきたみきに怒りも湧かなかった。悲しい、と素直に思った。追いかけなかったのも引き止めなかったのも、きっと本気では無かったからだろう。それでも、すきだよ、と言われていとおしいと思ったことは事実だった。いとおしいと思うと同時に寂しかった。虚無感が脳天を貫いた。まるで風船の中に浮いているみたいだなと思った。みきはその風船のように、中身が解らない女だった。いつも俺との間に一線を引いているような気がしてならなかった。


「寒くない?けんた」
「…寂しくはない」
「あたしは寒いかって訊いてるんだけど」


ひとつのベッドにくるまって寝た。分厚い布団を出してきて、ぬくぬくの中眠りに落ちた。外では篠つく雨が降っていて、五月蠅かった。寒くないか、と訊くと、温かいよ、と答えた。その後はもう俺は夢うつつで、よく覚えていない。きっと陽の暖かさに似ていたんだろう。縁側で昼寝する猫のような気分だったに違いない。とにかく気持ちが良かった。みきの声が、よく響いた。綺麗な声だと思った。けんたは温かいひとだよ、と言われたのは、夢だか現だか、もう曖昧だ。
いま俺は、ひとりきりの部屋のなか、すこしだけ寒いと思った。なあ、みき。









(110606.)