「私、かそうって嫌いよ」




はじめは、かそうという単語がなんだかわからなかった。そのうち脳に出てきたのは“仮装”と“火葬”。どちらのことを言っているのかまではわかりかねた。




「かそうよ、燃やすほう」
「ああ」




彼女は僕が困っているのを見て、すかさずそう言った。彼女の声はとても透きとおっている。決して高くはない。そもそも僕は、高くてきゃぴきゃぴしている女の人の声が苦手だ。耳が痛くなる。ついでに頭もがんがんしてきてしまう。別に悪いとは思わない。ただ僕の耳とは相性が悪いだけだ。




「なんで嫌い?」
「だって、燃やすのよ?熱いじゃない」
「熱いとか、そういうの感じないんじゃない?」
「そうかもしれないけど、怖いじゃない」
「怖いっていうのもないと思う」




彼女は、そうかあ、と呟いてベッドに潜り込んだ。まだ夕方だというのに、これから眠るのだろうか。今日は折角だからどこか食べに行こうと思っていたのだけど。




「ねえ、灰はどこに撒いてほしい?」




僕は彼女が眠らないように話しかける。彼女は毛布を被り、クッションに顔を半分うずめながら僕を眺めた。とろりとした眠そうな目で。僕は彼女が死ぬときのことを考えようとした。




「ふつうは、どこに撒くの」
「墓の中に入れるんじゃないかな。壺に入れて」
「窮屈そう」
「そうかな」
「なんで燃やすの?」
「燃やすことで魂が天に昇るだろう?」
「ふうん…腐るのを見てるのが嫌なんじゃないんだ」
「…それもあるかもね」




僕だって、みちるが腐るのは見たくないし、と付け加えた。するとみちるは、じゃあふつうに燃やして入れてくれればいい、と言った。僕は、みちるのきれいな髪が一本残らず燃やされて、皮も肉もなくなって、骨だけになるところを想像した。そうなったらもう、時々ふわりと香る心地のいいみちるのシャンプーの匂いはしなくなる。骨だけになったら、どれがみちるでどれが他人かなんて、僕にはわからなくなる。ひどく現実味が無いけど、死ってそういうことかもしれない。




「あ、でも、すこしだけ取っておいて」
「なんで?」
「敵にも味方にも神にも仏にも見つからないところに撒いて」
「…なにそれ」




ふふっ、と彼女は笑った。
だいたい、みちるの死体なんて、絶対に見つからない。見つかるはずが無い。彼女は確実に明日か明後日には死んでいる。それでもこんな話を続けるのは、明日を否定したいからで、彼女を肯定したいからだ。ボタンひとつの火葬なんてしない。苦しい棺の中に押し込めたりなんてしない。むしろ、死体を見付けないことがつながりだった。僕との。愛との。




「火葬は嫌よ」
「熱いからね」
「土葬も嫌よ」
「苦しいからね」
「…じゃあ、どうしましょう」
「死ななければいい」




有り得ないことだと心の中で自嘲した。彼女ははかなげに笑った。それはまるで、明日を肯定しているようだった。









(081906.)